3年前, 日本に来てからあるあるごとがきっかけで本格的に漢字の勉強を始めました。その年の秋に学校で漢字検定を受けました。僕は自信を持ってたので8級ぐらい合格できろと思いました。でも、20点も取れなくて悔しかったです。僕は日本語能力試験の1級に合格するのが目標だったので、本当に勉強しないといけないなと思いました。春に5級に挑戦して合格しました。そして冬に日本語能力試験の2級に合格しました。
その一年間でどうやって勉強したか気になりますか?
僕は勉強方法を3つに分けて、それらを同時にやってました。
(1)読書:僕の大学時代に日本に来いてた頃、僕は日本の小1から中3までの国語の教科書を買いました。日本に来るまでただ本棚でほこりをかぶっていてましたがやっとその時、読み始めました。教科書を読みながら知らない漢字や単語を辞書で調べました。小6の教科書を終えてから小学レベルより上の本を買って読みました。今は東野圭吾の小説を読んでいます。
(2)漢字:僕は日本語能力試験の漢字のフラシュカードを買いました。そして国語の教科書で新しい漢字が出てくるとEXCELに入れ、訓と音読みと英語の意味を入力し、自分のための漢字データベースを作って、毎日漢字を書く練習をしました。
(3)日本語のクラス:住んでいた町の近くに交際交流会があって、外国人のための日本語の授業を行っていました。僕は1月にそれを始めました。日本語能力試験の1級を目指してたので、授業ではそのための読解や文法を学びました。週1回でしたが宿題とかもあったのでまじめにやってました。
これが僕の勉強方法でした。去年は JETプログラムの日本語講座の翻訳通訳コースを受講しました。今、僕は、Lang-8.comとツイッターとブログで日本語の書き読みの練習と、漫画やアニメで勉強しています。TEFLの通信授業を受けているのであまり漢字を勉強する余裕がないんです。でもTEFLが終わったらまた漢字の勉強を初めて日本語能力試験の1級に合格するつもりです。
皆さんも何かの目標に向って頑張ってください!!
2010年6月14日
僕がどうやって日本語を勉強した Part 1
中学3年生で再び日本語の勉強を始めました。高校に入学してから日本語の授業を続けました。学校では全部で4年間日本語を勉強しました。授業は毎日あって、結構面白かったです。授業は会話が主でしたが、日本語をちゃんと使えるように書き方と読み方も勉強しました。高校3年の最後の課題は先生と1対1で、30分間話すことでした。多分日本の高校3年生のほとんどは英語を6年間以上勉強していてもできないと思います。
僕は物理か数学の先生になりたいという考えで大学を選びましたが、その大学では日本語を教えいていませんでした。その代わりに僕は自分で勉強をするために漢字のワークブックを買いました。でも、いまでも完成していません。。。。
僕が大学に入学した頃、弟は高校に入って日本語の授業を取りました。その頃アメリカではアニメの人気が上がって、インターネットからダウンロードしてパソコンで見れるようになっていました。僕と弟はこれにはまりました。その上、日本の漫画も読み始めました。僕のお父さんは中学校の日本語の先生で、毎年生徒を日本に2週間連れて行きます。お父さんに頼んで、日本で漫画を買ってきてもらいました。大学2年の夏に僕は再び日本にお父さんと一緒に来ました。お父さんと一緒に来ていた先生たちは日本語を全く知らなかったのでその先生たちの通訳の為に来ました。最初は結構緊張してましたが3日目にホームステーで中学校の数学の先生と日本の教育制度のことを日本語で話しました。その2週間で忘れいてた日本語が一気に戻ってきたと感じました (それは漢字以外ですが)。大学2年から日本にALTとして来る6年の間に、お父さんと4−5回日本に来ました。それ以外の勉強はほとんど字幕なしのアニメと漫画でした (ちなみに弟はこの間に1000冊以上の漫画コレクションを作りました)。
僕は何回も漢字を覚えようとしました。でもいつも失敗しました。どんなに勉強しても勉強の時間以外には漢字を読む機会(看板やテレビとか)が全然なかったので、2〜3週間がんばってもだんだんやる気がなくなり、2日か3日休むとまた最初からやり直さないといけなかった。僕はALTとして3年前日本に来ました。ここで本当に漢字の勉強を始めました。
僕は物理か数学の先生になりたいという考えで大学を選びましたが、その大学では日本語を教えいていませんでした。その代わりに僕は自分で勉強をするために漢字のワークブックを買いました。でも、いまでも完成していません。。。。
僕が大学に入学した頃、弟は高校に入って日本語の授業を取りました。その頃アメリカではアニメの人気が上がって、インターネットからダウンロードしてパソコンで見れるようになっていました。僕と弟はこれにはまりました。その上、日本の漫画も読み始めました。僕のお父さんは中学校の日本語の先生で、毎年生徒を日本に2週間連れて行きます。お父さんに頼んで、日本で漫画を買ってきてもらいました。大学2年の夏に僕は再び日本にお父さんと一緒に来ました。お父さんと一緒に来ていた先生たちは日本語を全く知らなかったのでその先生たちの通訳の為に来ました。最初は結構緊張してましたが3日目にホームステーで中学校の数学の先生と日本の教育制度のことを日本語で話しました。その2週間で忘れいてた日本語が一気に戻ってきたと感じました (それは漢字以外ですが)。大学2年から日本にALTとして来る6年の間に、お父さんと4−5回日本に来ました。それ以外の勉強はほとんど字幕なしのアニメと漫画でした (ちなみに弟はこの間に1000冊以上の漫画コレクションを作りました)。
僕は何回も漢字を覚えようとしました。でもいつも失敗しました。どんなに勉強しても勉強の時間以外には漢字を読む機会(看板やテレビとか)が全然なかったので、2〜3週間がんばってもだんだんやる気がなくなり、2日か3日休むとまた最初からやり直さないといけなかった。僕はALTとして3年前日本に来ました。ここで本当に漢字の勉強を始めました。
2010年6月13日
僕と日本語
僕は日本で生まれました。そして10年間ぐらい日本に住んでました。僕は普通の幼稚園に通って小学校はインターナショナルスクールに通いました。だから僕には英語と日本語は両方ナチュラルでした。僕が10歳になる直前に家族はアメリカに引っ越しました。最初はただ一年間だけ行く予定でしたが、家族がまた日本に戻ることはありませんでした。
アメリカに引っ越した頃は、日本人の4年生のレベルの日本語を使えました。引っ越してから僕はどんどん日本語を忘れていきました。最初に忘れたのは日本語の書き方、特に漢字(ぜんぜん日本語を書かなかったから)。その後日本語の読み方を忘れました。家では少し日本語を話しましたし、僕と兄弟の大好きな日本のテレビ番組をVHS(アメリカに来る前に録音した)で見てたので話す能力はけっこう後退しましたが全て忘れませんでした。
僕が12歳の時、姉と二人で日本に一ヶ月ぐらい来ました、継ぎに来たのは大学に入ってからでした。中学校3年生になった時、僕は近くの高校で日本語を学び始めました。10年間日本で住んでたけど「あいうえお」を書けなくて今思うととても恥ずかしいです。クラスの中では一番会話が上手でなまりがなかったけど漢字はとても下手でした。
僕は、こんな状況で日本語の勉強のを再び始めました。
アメリカに引っ越した頃は、日本人の4年生のレベルの日本語を使えました。引っ越してから僕はどんどん日本語を忘れていきました。最初に忘れたのは日本語の書き方、特に漢字(ぜんぜん日本語を書かなかったから)。その後日本語の読み方を忘れました。家では少し日本語を話しましたし、僕と兄弟の大好きな日本のテレビ番組をVHS(アメリカに来る前に録音した)で見てたので話す能力はけっこう後退しましたが全て忘れませんでした。
僕が12歳の時、姉と二人で日本に一ヶ月ぐらい来ました、継ぎに来たのは大学に入ってからでした。中学校3年生になった時、僕は近くの高校で日本語を学び始めました。10年間日本で住んでたけど「あいうえお」を書けなくて今思うととても恥ずかしいです。クラスの中では一番会話が上手でなまりがなかったけど漢字はとても下手でした。
僕は、こんな状況で日本語の勉強のを再び始めました。
どうして再び日本語の勉強を始めたか?
今日はどうして僕が高校で日本語を習い始めたかについて話したいと思います。
中3の時、僕は日本語の授業を受け始めました。このチャンスを何年間 も待っていました。どうして待っていたかと言うと僕は自分が日本人だと思い込んでいたからです。
アメリカではアメリカの 国内で生まれた人は皆アメリカ国籍を取得します。中2ぐらいまで日本もそうだと思い込んでいたので、僕は日本国籍を持っていると思っていました。
日本に住んでいた頃、僕は完全に自分を日本人だと思っていました。近所の友達と外見は違っていても中身はほとんど日本人と代わりはないと思っていました。金髪 で茶色の目をした外国人の子供が自分は日本人だと思い込んでいたことを皆さんはどう思いますか? この考えは他の日本人と出会う時に混乱を作りました。他人との接触で外国人扱いされて僕は結構とまどいました。”僕は日本人なのにどうして外国人みたいに扱われるの?”
アメ リカに引っ越してからは逆の問題が起きました。周りの子供たちと見た目は同じだでもぜんぜん似ていないと思っていました。近所の子供たちの話に付いてい けなかった。はやっているテレビ番組やおもちゃのことは何も知らなかったからです。でも皆はそれに関係なくやさしく接触してくれました。
日本語をどんどん忘れました。そして自分自身を少しずつ見失っていくことを感じていました。だからまた日本語を勉強したかったんです。自分の失われた部分を取り戻すため。自分の故郷や思い出を大事にするため、そしてまた母国で暮らす為。
中3の時、僕は日本語の授業を受け始めました。このチャンスを何年間 も待っていました。どうして待っていたかと言うと僕は自分が日本人だと思い込んでいたからです。
アメリカではアメリカの 国内で生まれた人は皆アメリカ国籍を取得します。中2ぐらいまで日本もそうだと思い込んでいたので、僕は日本国籍を持っていると思っていました。
日本に住んでいた頃、僕は完全に自分を日本人だと思っていました。近所の友達と外見は違っていても中身はほとんど日本人と代わりはないと思っていました。金髪 で茶色の目をした外国人の子供が自分は日本人だと思い込んでいたことを皆さんはどう思いますか? この考えは他の日本人と出会う時に混乱を作りました。他人との接触で外国人扱いされて僕は結構とまどいました。”僕は日本人なのにどうして外国人みたいに扱われるの?”
アメ リカに引っ越してからは逆の問題が起きました。周りの子供たちと見た目は同じだでもぜんぜん似ていないと思っていました。近所の子供たちの話に付いてい けなかった。はやっているテレビ番組やおもちゃのことは何も知らなかったからです。でも皆はそれに関係なくやさしく接触してくれました。
日本語をどんどん忘れました。そして自分自身を少しずつ見失っていくことを感じていました。だからまた日本語を勉強したかったんです。自分の失われた部分を取り戻すため。自分の故郷や思い出を大事にするため、そしてまた母国で暮らす為。
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